2015年09月23日

誰がメインヒロインを務めたか

今回は昨年末に発売された紙の上の魔法使い(ウグイスカグラ)についての所感を述べてみたいと思います。
制作発表直後はライターの前作(運命予報をお知らせします)を気に入った人以外ほとんど注目していなかったという記憶があるのですが、体験版公開以降は徐々に注目され、発売以降は賛否両論の意見から同月発売の話題作月に寄りそう乙女の作法2(Navel)以上の話題を呼ぶまでになりました。
今ではその論争も収束したように感じるのですが、それだけ賛否両論の意見がありながらも批評空間での中央値が80%をキープしているというのは、一介の凡作ではないと思っていました。(まあ実のところ体験版を少し齧っていたわけで、ただの作品ではないと思っていましたが・・・)逆に言うと冒頭の勢いが続けばまず間違いなく良作以上の評価を得るはずで、なぜ批判されるのか不思議に思えたくらいだったのです。

(ここからネタバレ)

そんな冒頭の「ヒスイの排撃論理」では、ミステリ調でシナリオが展開されていきます。妃が披露していくミステリ小説論などは、推理小説好きにはニヤリとさせられるものでしたし、犯人についてもほぼ予想通りながら動機については意外性がありました。何よりこのゲームで重要な位置を占めるかなたをプレイヤーに印象づけることにおいて、優秀なプロローグだったといえます。
そして次の「ルビーの合縁奇縁」ではメインヒロインである夜子にスポットライトを当てます。冒頭からツンデレ風味を漂わせている夜子ですが、本心なのか魔法の本に演じさせられているのかプレイヤーにもそして夜子自身でも分からない展開は、非常に惹きつけられました。
そして次の「サファイアの存在証明」では妹の妃について語られます。主人公に対する妃の感情は表面冷たく内面は激熱であり苛烈ともいえるもので、このゲームの核心に触れ始めていくルートなのですが、実はこのゲームの面白さはこのあたりから緩やかに下降していくとぼくは思うのです。これはこのゲームの悪役的存在であるクリソベリルの存在が明らかになるにつれて低下していくので、一見彼女の存在が下落の要因ように思えるのですが、この見解はクリソベリルにとっては心外なものでしょう。というのもこのゲームが竜頭蛇尾(というのは明らかに言いすぎだが・・・)のように感じられてしまったのは、キャラクターよりも物語の構成にあるように思えてならなかったからです。

というのもこのゲーム。ルート終了後にヴォーカル曲どころかエンドクレジットすら流れないのですね。特に最初にクリアする理央ルートや次にクリアするであろう妃ルートの収束は必ずしも読後感が良いものではないだけに、エンドクレジットが流れないとどうにもバッドエンドのように感じられて仕方ないのです。
もちろんこれらのルートが正真正銘のバッドエンドならば当然であり口を挟むことではないのですが、ライターの狙いはそうではないはず。ならばプレイヤーにそんな勘違いをさせる必要はなかったと思うのです。設定や伏線はよく考えられていただけに、こういたソフト面の弱さがそのまま作品の評価を低くさせてしまったのは惜しいとしか言いようがありません。

さてそんなこのゲームのメインヒロインとは誰なのでしょうか?

もちろん一番目立つ扱いを受けている夜子であると多くの人は答えるでしょう。ただよく考えると、夜子ルートはトゥルーエンドではないのですね。最後までプレイすると分かるのですが、一見メインヒロインのように思える夜子が実のところ他のヒロインの盛り立て役に過ぎないというのがこのゲームが凡百の萌えゲーとは一味違うところなのですが・・・。(ただ夜子中心に物語が動いていくわけで、そういう意味ではヒロインと言うよりもう一人の主人公というべきかもしれません)

そんなこのゲームのメインヒロインは2通りの解釈ができます。まず一人目が一番最初に主人公(瑠璃)と両思いになったかなたであり、そして2人目が生ける瑠璃と文字通り最後まで添い遂げることとなった妃となります。
確かに妃の死後、瑠璃はその後を追ってしまうわけで、それ以降は紙の上の存在でしかないということを考えれば妃がメインヒロインという主張は理にかなっています。
ただ物語りは妃の死後も続くわけで作品全体を考えれば、最後まで瑠璃への思いを変えないでいたかなたがメインヒロインと考えるにもごく自然な考えだと思うのです。ぼくはかなたが表のメインヒロインで妃が影のヒロインと思っているのですが、批評空間の感想をざっくり見ていると、このゲームを高く評価している人の多くは妃をメインヒロインと考えているようなのですね。
生ける姿を表さなくなってからも、なおも影響をに残し続けるヒロインだからこそ、妃は多くのプレイヤーに印象深いものになったのでしょう。そしてそれ以降の物語は魅力あるキャラクターが櫛の歯がかけていくように抜けていき、伏線消化という点では意味あったとしても面白さという点では落ちてしまったから余計にそう感じるのかもしれません。そしてトゥルーエンドも物語の着地点としては落ち着くところに落ち着いたといえるのですが、それでもこれまでクリソベリルが所業を思えばプレイヤーが釈然としなくても仕方ないところ。といってもう一方のかなたエンド(ハッピーエンド?)もやはり喉に小骨が引っ掛かったような違和感を覚えるのですね。

とすると妃がメインヒロインでいいのではと思うのですが、それでもぼくはかなた推しなのです。これは体験版の冒頭部分にあまりに惹かれてしまったこともあるのですが、夜子の頑なな心へ影響を与えたかなたの一途な思いに心打たれてしまったことの方が大きいです。瑠璃だけにスポットライトを当てるなら妃をメインヒロインとしてもよいのですが、もう一人の主人公といえる夜子のことを考えればかなたの方に軍配を上げた方が良いと思うからです。

さて最後になるのですが、このゲームを色鮮やかにさせたのは、曲数こそ少ないものの印象に残るBGM。そして原画でしょう。一つ間違えると陰惨な方向に傾いてしまいそうなこのゲームを、プラス方向に向かわせたのは決して高いレベルとはいえないまでも明るく萌えを強調した原画に助けられたと思うのです。そういった意味では決してシナリオだけが目立つゲームではなかったと云えるでしょう。

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